鉄郎の”NEW ZEALAND旅日記”もご覧になってください

「鉄郎の青春鉄道時代」もご覧になってください。

「鉄郎の思うがままの写真(非鉄写真)」

2015年1月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
フォト
無料ブログはココログ

安中貨物

2012年2月12日 (日)

今日の1枚  夕日を浴びるEF510安中貨物   2012.2.12撮影

_dsc0066_ef510_bs
 しばらくブログ更新をお休みしていました。と言うのも、35年来の鉄道仲間の友人が突然亡くなりました。今日、2月12日(日)彼の告別式が営まれました。今日の1枚は、その告別式から帰り、彼を偲んで1枚シャッターを切りました。
 そう、あれは10日前彼から1通のメールが入った。「今。病院のベッドにいる。至急逢って話したいことがある」彼は、病魔に冒されすでに自分に残された時間は僅か。今のうちにどうしても話しておきたいことがあるという。突然の知らせは余りにも衝撃的であった。と言うのもたった10日前には元気に鉄道写真を撮っていたのだから。彼から入院を知らされたのは私だけであった。二日後病院に向かったが、病状が思わしくなく、午前の面会予定が逢えたのは陽も落ちた19時過ぎであった。病院の入り口にはご内儀が迎えに来てくれ、「夫があなたにどうしても逢って話がしたいとのことです。」病室に向かうと、ベッドに彼がいた。ベッドの傍らには血圧と心拍数のモニターと点滴が、そして彼の口元には酸素マスクが・・・・。
 それから3人でしばらく話をした。「僕には、もう時間がない。今から話すことを仲間に伝えてくれ、そして、・・・・・・」と彼は自分の思っていることを淡々と話をしてくれた。私は、彼の言葉を一つも逃すまいとただメモを取るだけだった。しばらくすると、話は思い出話へと移っていった。お互い学生の頃からの鉄道撮影の仲、「そうそう、あの時あんな列車を撮ったね。イヤー懐かしいね。」息で曇る酸素マスクの向こうに見える彼の口元が笑っていた。「なんだ、まだ元気そうじゃないか!しっかり治療して暖かくなってきたらどこか桜の咲く線路際で写真を撮ろう。早くしっかり治せよ。今日の話は、仲間に伝えておくから、また近いうちに今度は皆で見舞いくるから。」再会を約束して、病室を後にした。それが、最期の彼の姿になるとは思っても見なかった。そして、その姿を見たのは仲間では私一人だけとなってしまった。
 二日後、ご内儀より「夫は、昨日私たちの手の届かない遠いところへ旅立ちました」とお電話を頂いた。私と逢った翌日、彼は二度とも戻らない片道切符を持って、一人で旅に出てしまった。彼と話したこと、仲間に伝えてくれと頼まれたこと、全てが遺言となってしまった。ここ数日、彼の遺言を仲間に伝えることと、突然の彼の死を仲間や世話になった方々への訃報連絡で時間を遣ってきた。ご内儀に頼まれて、彼の葬儀を私たち仲間で取り纏めさせていただいた。そして、昨晩にお通夜、そして今日は告別式を迎えた。大勢の方が彼の死を悼んで北から南から集まってくれた。これだけ多くの方が弔問に来ていただけるのも普段の彼の人柄であったに違いない。不思議なことに、仲間の代表が弔辞を読む前後、その時だけスピーカーがハウリングを起こした。あれは、きっと彼からのメッセージだったのかもしれない。そして、出棺。彼の棺の周りには家族と友人の悲しい涙とすすり泣く声が止まなかった。余りにも早くそして突然の死。まだ、多くの人たちが彼の死を信じることができない。非情にも、彼と永久の別れをすることになった。

 今日、告別式を終えて自宅に戻ると、雲一つない快晴の天気空。西日が傾いても遮る雲もない素晴らしい夕焼け空。いつものように、カメラを持って線路際に立ってみた。傍らには告別式式場で撮影した彼の遺影を置いてみた。ふと彼からいつものようにメールが入ってくる予感がする。「5781レ安中貨物、定時通過」。夕日を一杯に浴びたEF510-511牽引の「安中貨物」が通過していった。ふと傍らで、天国で切ったシャッター音が聞こえたのは気のせいではなさそうであった。

2011年2月27日 (日)

今日の1枚  EF8195牽引「安中貨物」5781レ   2011.1.16撮影

_dsc0114_5781_bs

鉄郎の今日は、家族のアッシー君で、午前中は市内マラソン大会の応援、午後は女性陣家族の運転手アッシー君と荷物運びのポーター君でした。そんな処へ、友人から「本日の安中貨物はEF8195牽引」との知らせ!買い物を早めに切り上げてもらう交渉成立し、なんとか「安中貨物」に間に合うことが出来ました。

今日の安中貨物を撮影する沿線撮影地は大勢の同業者で大賑わいで、この列車と牽引機の人気がわかります。鉄郎はサイドの「EF81」を強調できる真横からの撮影をしてみました。本日、鉄郎の撮影した唯一の1枚です。

2011年2月20日 (日)

今日の1枚 安中貨物EF510の青き流星   2011.2.20撮影

_dsc0040_5781_bs この1週間は秩父鉄道1009Fを中心に撮影していましたが、今日は久々に家族の言いつけを守りアッシー君状態でした。それでも朝の「シーハイル上越」と夕方の「安中貨物」の2列車だけは撮影できました。ただ、天気は昨日と打って変わって曇天の一日でした。

安中貨物も最近はEF510が定着してきました。JR東のEF510はなんと言っても「北斗星」仕様の流星塗装が目を引きます。今日はこの「流星」にポイントしてシャッターを押してみました。

2011年2月 5日 (土)

今日の1枚 EF510-505安中貨物   2011.2.5撮影

_dsc0102_5781_bs 関東地方は、今日も暖かな陽気でした。3月の暖かさとか、先週までの寒気はもう来ないのでしょうか?

鉄郎は、家族の用事でこの週末も遠くに行くことができず、家の周りから時折カメラを持ち出して撮影に出かけました。この安中貨物撮影前にはスーパーで夕飯の買い物です。秋刀魚が安かったので今晩のおかずはこれにしました。秋刀魚の入ったレジ袋を傍らに置いての「留守番鉄」です。

今日の安中貨物はEF510-505、恥ずかしながら田端にEF510が配属されて1年近く経つのに、走行中のEF510は今日初めて撮影しました。まだ「北斗星」「カシオペア」を牽引する姿をカメラに収めていません。友人から「今日の安中貨物はEF510」との知らせを受け、初対面を前に気持ちはまるで初デートのようなワクワクドキドキの胸が高まっていました。

2011年1月31日 (月)

今日の1枚   EF8195安中貨物(通院鉄)    2011.1.31撮影

_dsc0042_5797_bs

今年も早いもので今日で1月が終わります。ついこの間、元旦を迎え2011年が始まったと思ったのですが・・・ひょっとして最近地球の自転や公転が早まっているなんてことはないでしょうか?

鉄郎のブログは1月中旬に立ち上げましたが、鉄道撮影は今年も1月1日元旦からスタートし1月2日だけ少々体調を崩して、家でゴロゴロしたい以外はすべての日に鉄道撮影ができました。1月の出撃日数は計30日で、去年2010年1月は26日でしたから昨年比で4日多く今年は出撃しております。出撃率96.7%です。

ただ今日は、月に1度の病院通いの日。午前で仕事を終わらせ午後から病院に行き、いつものように採血や検査をして主治医の先生としばらく話をして病院を後にしたのちに携帯のメールを見ると、友人から「本日の安中貨物はEF8195」の知らせ。病院から夕日を追いかけるようにして高崎線の線路を目指しました。

何とかギリで線路際にスタンバイすると、山に太陽がいま当に隠れようとするその瞬間に真っ赤な車体に、さらに上薬を塗るかのごとく真っ赤な夕日がEF8185のシンボル「EF81」のサイドサインが照らして目の前を安中貨物のEF8195が駆け抜け、そしてシャッターを押したその直後、夕日の赤が消え太陽が山に沈んでいきました。日没の瞬間を体験することができました。

いつも思うことですが、鉄郎の周りにはありがたいことに多くの仲間がいてくれます。中には40年以上お付き合いをさせていただく方や、家族ぐるみでお付き合いさせていただく方もいます。そういう多くの仲間がいてくれるからこそ、こうやって趣味活動を楽しむことができ、そして日々の仕事もできるんだなといつも感謝しています。

2011年1月29日 (土)

今日の1枚  高崎線EF81安中貨物    2011.01.29撮影

_dsc0101_5781_bs

今日も日本海側や北海道は大雪で交通機関はズタズタのようでお見舞い申し上げます。鉄郎は今週末も仕事が入っていて中々遠くにいけません。いつもの高崎線と秩父鉄道の記録を細々と続けています。関東地方は午前中は日差しもありましたが、お昼過ぎから雲も出てきて日没ごろには大分広がってきています。そんな中、今日も安中貨物5781レはEF81の牽引でした。

2011年1月22日 (土)

今日の1枚 通称「安中貨物」の撮影開始   2011.1.22撮影

_dsc0023_5781_s_2

鉄郎の家族が全員インウルエンザに罹りました。娘は昨日から39度の熱が続きましたが、今日昼ごろには37度に下がってきました。家内も昨日から熱が続きすでにタミフルを処方されて服用しています。鉄郎はまだなんともなく元気でおりますので、今日は朝から犬の散歩に始まり、掃除洗濯さらにご近所のボランティア、最後に家族のお粥をつくり食べさせております。

午後、病人達は昼寝をしておりましたので夕ご飯の買い物を済ませた足で高崎線の名物列車通称「安中貨物」を撮影してきました。昨年12月の改正でEF81の運用が外れたとのことでしたが、最近またEF81が牽引しているようです。まあ、しかしこれも一時的なことでしょう。

鉄郎にとっては今年最初の「安中貨物」の撮影です。気がつけば日の長さが日一日と長くなってきました。つい一ヶ月前までは「安中貨物」は暗くて撮影できませんでした。今日はまだ太陽は山に沈んだ後の通過ですが、僅かな夕方の残照光線の中を通過していきました。

鉄郎にとっては「安中貨物」の撮影は春の訪れを感じる「春告げの列車」です。